『サブカルチャーのこころ』を読みました。以下、感想を述べています。
本書では33のテーマ(ジャンルや作品と言ったほうがよいかもしれません)について、どうしてそのジャンルを好きになるのか、流行ったのか等が心理学的視点から語られています。話題はすべてキャッチーであり、私のようなただのオタクでも頭をひねるような場面はなく、楽しみながらするすると読み進めることができました。
ただ、それは良し悪しでもあります。私はこの本を良い本だと思いましたが、本書の読者層の割合は、「『サブカルチャー(ポップカルチャー)が好きで楽しんでいるけれど、ただ楽しむだけではなくて、もう少し深掘りして考えたい』という一般の方を七割」に設定しているとのことです(341頁。左記ページ数は本書のページ数を指す。以下同じ)。本書はそのようなニーズには必ずしも応えきれていないように思われました。
理由は一つで、全体を通して、各テーマにおいてあまり(「もう少し」に至るような)深掘りがされていない(ように見える)ことにあります。特に、特定の作品を取り上げている場合が多い第1章および第2章でその傾向は顕著であると感じました。それら作品の説明・解説に多くの紙面が割かれており、それこそが本書のメインであるかのように感じられました。つまるところ、単なる作品紹介に留まってしまっているのではないか、ということです。そしてもしその原因が紙幅にあるならば、もう少しテーマを絞ったほうが良かったのではないか、とは純粋に思った次第です。
その上で、興味深く読みましたのは、テーマ26の「動画配信サービス」でした。
テーマ26では、「匿名性」と「非対称性」の2つの観点から配信者と視聴者の関係性を検討しています(なお、ここでいう「動画配信」とはNetflix的なものではなく、いわゆるストリーマーの配信や投稿によるものを指しています)。すなわち、通常、視聴者は個々人として特定されません。そのような匿名性により、配信者は視聴者に見られますが、その逆はないという非対称性が強められることになります。そして非対称性によって、二者の位置関係は明確にされていきます(263~266頁)。
しかし、極まった非対称性というのは、非常に孤独な状態でもあるでしょう。お互いが一方通行に想いを向けているに等しく、目の前に相手がいるのにいないような感覚を覚えるように思われます。
この点、本書では、例えば配信者がチャットに対してリアクションをする時、この匿名性と非対称性が和らぐことで、それらによって薄まっていた関係性の質が取り戻されるのではないか、としています(267頁)。
この論を読んで私は「そうか」と思いました。かねてから、舞台に立つ側と観客席に立つ(座っているかもしれません)側の関係性について考えていた部分があります。つまり、これら二者の関係性は、明らかに分断されているのではないか、ということです。ステージが客席から見て嵩上げされているのは、そうしなければ遠方から見えないとの構造的な理由もありましょうが、視覚的に、舞台と観客席を、文字通り分かつ働きもあるように感じていたのです。ネット上の生配信も同じで、液晶ディスプレイという、圧倒的かつ物理的な壁が私たちの目の前の立ちはだかります。
それでも私たちは、非対称性に阻まれたコミュニケーションが、双方向的なものであるとある種信じています。そして、その状態でお互いが手を伸ばすことによって、匿名性と非対称性は和らぎ(267頁)、その幻想は多少なりとも現実のものへと結実するのでしょう。それは錯覚であるかもしれませんが、私たちはその作用を感じ取れたときに、感情を揺さぶられるのではないでしょうか(そしてその感情の揺さぶりを得るべく、「現場」に赴いたり、チャットを打ち込んだりするのです)。
このような発見があったことからして、私はこの本を読めてよかったと思っています。しかしながら、先述した通り、(候補は100以上とさらに多かったようですが)33ものテーマを選定したのは少し欲張りだった感が否めません。もちろん、これは私が、取り上げられた各テーマ(作品等)について一定の前提知識を持っていたのも影響しているでしょう。本書でそれらを初めて知る読者にとっては、作品等の概要を知ることができ、さらには心理学的な解説も……と、一石二鳥になります。
サブカルチャーへの愛があふれる一冊には違いありません。その上で、もし次作があるならば、例えばテーマ数を半分は多すぎにしても、3分の2程度に削って、より深掘りに注力いただくのも一案であるように思われました。ただ、そもそも、テーマの多さは本書の特徴の一つとして挙げられていますから、そこを削ってしまっては元も子もない、とも言えるでしょう。とすると、残るもう一つの特徴としてあげられている、「”こころの支援”を実践している現場(学校の相談室や、病院のカウンセリングルームなど)で体験したこと、感じたことが核になっている点」(8頁)を、どうにかもう少し強調していただいても良かったのではないかと思いました。などと言いつつ、私自身に「日常の人付き合いのなかで新たな気づきがもたらされた」(13頁)ことからすれば、本書の目的は十二分に果たされているとも言えるでしょう。
心理学はインターネット上のコンテンツとの関係性においてますます存在感が高まっている、と巷で言われているかどうかは不勉強ながら知らないのですが、個人的にはそのように思っています。例えば、上記テーマ26に係る分野で言うと、配信者と視聴者の関係性に係るトラブル事象は枚挙に暇がありません。そしてそれだけ事例があるということは、何か理論化できるのではないか、と素人としては思います。これは疑問の一例に過ぎませんが、このような好奇心に応えてもらえる本があれば嬉しいなと思いました(そしてそのような本は既にこの世にあるのかもしれません)。