死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

網戸のセミと対話せよ

 少し前までカエルの鳴き声がうるさいなあと思っていたのが去年のことのようで、今となっては夜にゲコゲコのゲコの字までぐらいしか聞こえず、昼間と同じ世界とは思えないほどの涼しい風が窓から入ってくる。季節は夏である。

 夏といえばセミである。清少納言もそう言っている。いや、言っていない。知らない。でも、多分陰では言っていたであろう。あ、やっぱり夏ってセミだなって。セミの声を聞いて我々は夏の到来を知る。セミは夏を知っており、夏はセミを知っている。

 セミがいなければ我々のもとに夏は来ないのである。そもそも夏に来てほしいのか? そりゃ来てほしい。暑いほうが好きだよ。でも厳密には「暑いなあ」と言ってる状況が好きなのだ。人と「暑いですね」と話すのも好きだ。寒いよりも、生きている感じがする。

 そうするとセミは我々にとって必要不可欠な存在と言えるが、それはそれとしてセミの声は大きい。Apple Watchを付けていたら、保育園さながらに警告が表示されるだろうか。ポケモンスリープの録音を聞くと、セミの声しか入っていない。それは俺の声ではない。

 朝の6時ともなるとアブラゼミが騒ぎ始める。離れていてもうるさいが、近くであればなおうるさい。やけにうるさいなあと思って目を覚ますと、窓の網戸に止まって鳴いていた。俺は窓辺で寝ている。となるとこれはもうほぼゼロ距離sing a songである。嘘である。ゼロ距離ではない。しかしなおも近い。

 セミに止めてと言っても、おそらく自身の声で聞こえていないのだろう。セミは微動だにしない。と思うともう一匹がまた網戸にやってきた。最初からそこにいたような佇まいである。直後に妙だなと思い、その原因に気がついた。セミが二匹とも鳴くのをやめていた。

 こちらの要望を聞いてくれたのだろうか。じっとその場から動かず、観察し放題である。セミの裏側は気持ち悪いと言うが、セミはかわいい部類だと思う。もちろん触れないけれども。

 その後もその場を離れずに、セミは硬直している。網戸越しに影が二つあるのは、それはそれで風流である。きっと清少納言も一句詠んだであろう。窓開けて 網戸に見えし 影二つ 聞こえてくるは セミのため息。あまりアホなことばかり言うものではない。

 気温が35℃を超えた場合には、原則出社を取りやめるべきである。未来の法改正のために思索を巡らせながら家の玄関を出ると、快晴の空から水が落ちてきた。目線を上げると、セミが飛んでいく。セミの排尿かあ。そんな経験もいつぶりだろう。そんな経験ばかりしていたものだがな。そう珍しく幼少期に想いを馳せながら、夏を感じて、夏の終わりを感じゆく。もう7月も終わる。