死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

コンビニ問答

 コミュニケーションはエネルギーを消費する。それはもうそういうものだから仕方ないとして、中でも日々定例的に実施する必要があるコミュニケーションについては、できる限り省力化したいと思う。

 私は昼食をコンビニで調達する。買うものといえばサンドイッチかおにぎりぐらいで、品数は少なく、また温める必要も基本的にはない。

 私のような客にとっては、セルフレジが一番適しているのだが、残念なことに、愛用のコンビニにはそのような設備がなく、どうしても有人レジを通る必要が生じる。

 年齢を重ねるにつれてだいぶマシにはなったが、私はこういう場でのやりとりが苦手である。主には、私の処理が滞ることによって後ろに並んでいる人々に迷惑をかけてしまうのではないかとか、そういう要素による。(過剰な自意識にほかならない)

 このため、いかにしてスムーズに精算を済ませるかは私にとって重大な問題である。しかし、コミュニケーションコストはなるべく節約したい。はたしてどうすれば滞りなくレジを抜けられるか。

 

 商品を片手にレジへと向かう。このとき反対の手ではスマホを持つ。厳密に言えば右手に商品、左手にスマホである。スマホQRの支払い画面を表示させておく。急にアプリを開こうとすると、何が起こるかわからないからだ

 カウンターに商品を置くと、まずは店員さんのターンである。

「袋はどうされますか?」

 さて、この問いにはどのように答えるのが適切だろうか。なお、袋は必要でないものとする。

 シンプルなのは「要りません」だろう。しかし、「i」の音は個人的に発音しにくいように思う。また、「要ります」と比較すると三文字目までは同じであるから、店員さんとしても判別しにくい可能性がある。事実、最後の「せん」を曖昧に発してしまったことにより、事故が生じたことがあった(一敗)。したがって、「要りません」は最もシンプルであるにもかかわらず、相手に真意が伝わりにくいという大きなリスクをはらんでいるのである。

 では「そのままで」はどうだろうか。一見問題なさそうに見えるが、「そのまま」とは一体どういうことかよくわからない。例えば、「そのまま持って帰ります」まで言うのであれば分かるのだが、「袋は要るか」との問いに対して、「そのまま」と答えるのは、答えになっていないように思われる。であれば、そのようにフルで答えればいいのではないか。いや、これはこれで文字数が多い。噛んでしまうリスクは小さいに越したことはない。少なくともその危険を自ら大きくすべきではない。

 ということで、私は「このままで」と言うことにしている。これだと「そのままで」で生じる問題について、それこそそのまま引き継いでいるように見える。しかしながら、決定的な違いとしては、「このままで」の場合には、「そのままで」と比較して、より強固な「袋は不要である」との意思が感じられるのではないかと思っているが、よく考えるとそんなこともない気がする。

 

 レジ袋についての意思表示が完了すれば、あとは支払いを終えるだけ……とはならない。まだレシートが残っている。

 レシートを受け取るか否かは、突き詰めれば、レジ袋をもらうかどうかと同じ問題である。熟練の店員さんであれば、昼時にコンビニへ来る労働者が、おおよそレシートを必要としないことを知っている。したがって、そもそも「レシートはどうされますか」といった問いが投げられないこともしばしばある。

 しかし、領収書を必要とする者が一人としていないわけでもなく、もとい店の立場からすると、本来的には領収書たるレシートを渡すのが原則なのであるから、ルールにしっかりと沿おうとすれば、むしろレシートの受領意思を確認してくるのが通常である。店員さんサイドの気遣いにおんぶにだっこではいかない。

 ということで、こちらとしてもレシートの要否について何らかの意思表示を行う前提で考えなくてはならない。当然ながらここでは、先ほどの「このままで」は使えない。意味がわからないからである。

 ではまたしても「要りません」となるのか。しかし、これでは先ほどあげた問題を繰り返すだけである。

 何も言わずに立ち去るのはどうか。非常に簡単な方法ではあるだろう。支払いは終わっているのだから、商品を手に取り走り去ればよい。レシートのためにカウンターを乗り越えて追いかけてくる店員はこの世に存在しないだろう。

 しかし、それではあまりにも不躾な気もするし、「態度から察しろよ」と言っているようで心が痛い。いつから私はそんなに偉い人間になったというのか。客としての礼儀を忘れてしまってはならない。

 ただ、「態度」というのはヒントになる。あえて聴覚よりも視覚を通した情報のほうが分かりやすいのではないだろうか。ひと目で「不要」ということが分かるのであれば、そうするに越したことはないのだ。

 そうして私は「レシートはご入用ですか?」との問いに対して、右の手のひらを突き出し「結構です」と言うことにした。

 じゃあレジ袋についても「結構です」と言えばいいのではないか。ここは難しいところだが、「結構です」はぶっきらぼうで強めの言葉であるように思われる。会話の終わりに使用するのはまだ良いが、初手で使ってしまうと後のやり取りに響く。このため、レジ袋に対する意思表示に用いることは適切ではない。コミュニケーションの流れが断絶してしまう可能性がある。

 

 はたしてこのように考えを巡らす実益はあるのだろうか。聞くまでもないが、恐らくない。だからため息をつきながら虚空に向かって呟こう。

「コミュニケーションって疲れるなあ~」