死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

キュートである『ゼルダの伝説 知恵のかりもの』

 プレイしたところ非常に面白かった。以下、ネタバレを含む感想。

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 ティアキンのような遊びを2Dでもやろうとした、という論評だったかコンセプト説明だったかをどこかで見た記憶がなきにしもあらずだが、まさにその通りに感じた。と言っても、カリモノにはスクラビルドのような自由度はない。例えば、カリモノ自体を組み合わせて新しいなにかを作るということではない。どちらかと言えば、ステージとかレベルデザインの方になるだろうか。

 これまでの2Dゼルダでは、明確に行けない場所があった。それはなにか特定のアイテムで解消されることもあれば、物理的に不可能なこともある。しかし、本作はそこの壁を破ったと言えるだろう。ロック鳥の羽根があっても、リンクはフィールド上の高い木々を飛び越えることは到底できない。しかし、本作では、カリモノの力を借りれば、とりあえずベッドを積み重ねることで、ゼルダはどこにだって行けるのである。

 この点を実感したのは、マップ右下のフィローネ湿原に行った時である。本作では、かなり豊富にファストトラベルのポイントが設定されているのだが、このマップのエリアの中央にはない。位置関係的に置いてもいいはずだと思うのだ。例えば現状だと、湿原の左下に行くには、少し遠くのポイントにワープして、そこからえっちらおっちら歩いていく必要に強いられるからである。

 しかし、よくよく考えればそれはこれまでのゼルダの話である。本作のフィールドでは、通行の妨げになるものは実質的にないのである。フィローネ湿原にはたくさんの木が生えている。そしてその上を歩くことができる。ベッドだベッド。とにかくベッドで階段を作れ。それで全ての道が開ける。

 この事実はプレイヤーに一つの感覚を抱かせる。マップ上で行けない場所はどこにもないのではないか。あらゆる場所に何か遊びが隠されているのではないか。すなわち、これは近年の3Dゼルダと同じ感覚だ。その意味で本作には制限がない。あの崖を登ったら? あの木の上を歩いていったら? 2Dと言いつつ、その実態は3Dである。

 カリモノを使った謎解きや戦闘も楽しい要素だが、何よりも遊び方として面白く感じたのは上記の点だった。

 一点、ネガティブに感じたのはラスボス戦である。ここでは、リンクとともに戦うのだが、直前でリンクに剣を返したことによって、ゼルダ自身は剣士モードになれなくなっている。つまり、自分で剣を振るうことができない。ここまでは自らボスを斬って倒してきた。しかし、最後の最後で、自分からは攻撃できなくなってしまう。カリモノを呼び、ボスの身体パーツを引っ張り*1、リンクをサポートすることはできるが、それまでである。このような役割分担自体は、これまでの作品と変わらない。光の矢を打ってくれるとか。しかし、いざ自分がその立場となると、結構歯がゆさを感じるのであった。ゼルダはいつもこのような感覚を抱きながらでリンクを助けていたのだと思うと、どこか申し訳ない気持ちになる。

 

 話は変わるが、面白いよりも先に、とにかくキュートであるなあと感じた。冒頭はそうでもなかったのだが、ハイラル城から脱出し、海岸に出たあたりではっきりと「これはとてもかわいいのではないか」と感じた。何がと言えば、画面に映るキャラクター全てである。

 そもそもウギ将軍とサダリ大臣*2を見た時からその兆候は合ったのである。ハイラル王もそうですね。そして、ほっかむりをしたゼルダを見て「これは」と思い、海岸でウニたちに出会った際に確信したのであった。非常にキュート。デフォルメされたかわいさである。

 誰しも表情が豊かである。主人公であるゼルダは、穴に落ちれば悲鳴が響き渡り、水中を泳ぎながらZ軸方向にスピンを繰り返し、ゴロンに胴上げされて笑顔になる。やっぱり、表情は大切だ。キャラクターを生き生きとさせる。一番のお気に入りは、リーデットの叫びを聞いたときのリアクションで、呼び出した仲間とともに震える姿は、本人にとってはたまったものではないだろうが、本当に嫌な音なんだろうなという感じがする。そういうところに命を感じるのである。

 この感情は、Miiを見た時のものとよく似ている。古い話だが、WiiFitでは、ホーム画面でMiiにカーソルを当ててボタンを押すと、こっちを向いて笑ってくれた。手も振ってくれる。それを見て、なんともかわいいなと思ったものである。画面の中から実際にこちらへ目を向けてくれているような気がしたのである*3

 本作も同様である。3Dで表現されるような、細やかな感情表現ではない。しかし、そのキャラクターが様々な表情を見せる。その一つ一つがキュートなのだ。

 しかしながら、このような感情になるのは不思議である。なぜならば、私はこれらの(またはこれらに近い)キャラクターを、リメイク版の『夢を見る島』を通じて既に見ているはずだからだ。当時もかわいいとは思ったはずだ。物を持ち上げるときに両手を挙げているけどどう見ても頭上に手が届いていないとか、そんな話題はあったはずである。しかし全く「かわいい!」と思った記憶がない。少なくとも今回のように強烈な印象ではなかったということだろう。

 何がこの差異を生んだのかを考えると、カリモノのシステムだと思われる。本作では、敵キャラクターをカリモノとして呼び出し、共闘・協力することができる。この時点でもう我々は仲間である。芽生えた仲間意識は、好意的な印象を強化する。タートナックはいつも私の横で頑張ってくれているし、鉄球兵士は明後日の方向に鉄球を放り投げている。バクダン魚とかいう生物兵器は何も言わずに爆発していく。

 敵キャラクターには表情がない。しかし、呼び出すキャラクター全てが愛おしく思える。何だかゼルダのために頑張ってくれているように見えてくる。ピクミンと同じなのかもしれない。カリモノが画面上にいてくれるだけで絵面が華やかになる。せっかくなので、意味もなくウニを出せるだけ出したりする。一方でボスキャラはどことなく不穏さを感じさせるが、意図的にバランスが取られているのかもしれない。

 ともあれキュートである。それはキャラクターだけでなく、結果として作品自体がそうなっている。家の近くの池でテクタイトが飛び跳ねていてほしい。そういうふうに思うのであった。

 

*1:ちなみにプレイ時にこのギミックには全く気づいておらず、あとから攻略サイトを見て知った

*2:英語版はLightとReftみたいな感じかと思っていたが実際はより凝った名付けのようだ

*3:そうであるがゆえにゲーム内に閉じ込めてしまっているようで居心地の悪さもあった