死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

創作落語『アルカイックスマイル』

【初稿2025/1/18】

A:(難しそうな顔で悩ましく)うーん…。(笑顔を作って)こうかな? なんかちゃうなあ。うーん……(また別の笑顔を作って)こうか。いやあ…しっくりこうへんなあ…。うーん

B:いや~遅れてすまんなあ。ちょっと仕事が立て込んでもうて

A:(少し気づくのが遅れたあとに)おお!来とったんか。ごめん気が付かんと。遅れた? いやいやそんなん全然気にせんと座って座って。今日は久しぶりに飲もうやないか

B:あらためて誘ってくれてありがとうなあ。せやけど、どうしたんや。そんな手鏡見ながら難しそうな顔して

A:ああこれか。恥ずかしいなあ。いやな、あの…練習しとったんや

B:練習? わざわざ鏡見てなんの練習してんの

A:それがやな…、アルカイックスマイルの練習や

B:なんて?

A:せやからな、アルカイックスマイルの練習をしてたんや

B:アルカイックスマイル言うたら……あの、仏像で仏さんがやってる、笑ってるんか笑ってへんのかよう分からんぐらいのあの笑顔のことかいな

A:そうそうそうそう、そのアルカイックスマイルや。お前よう知ってるねえ

B:中学の時に美術で習ったんや

A:中学で? あ、何か仏教系の学校やったん?

B:いや、ミッション系やったけど

A:ミッション系で仏さんのアルカイックスマイル習う? 多様性のあるええ学校やねえ

B:いやいやただの義務教育の範囲やで。ほんで何でアルカイックスマイルの練習なんかしてんの

A:それがやな、今度会社でな、選抜された社員が受けられる昇格試験があってな。俺もそれに選ばれたんよ

B:おおそうなんか! そらええことやないか。おめでとう

A:ありがとうありがとう。ほんでやな、それで必要なんや

B:何がやな

A:何がて、アルカイックスマイルがやないか

B:アルカイックスマイルが試験に必要なんか

A:そうやねん。いや、おまえんとこの会社もそうかもしれんけど、昇格試験っちゅうて筆記試験があるんやけどな、それに加えて実技試験もあるみたいやねん

B:はあ。ほんでその実技試験でやることっちゅうのが、アルカイックスマイルなんか

A:そうやねん

B:聞いても全然分からへんな。えっ、それって具体的に何をやったらええんや?

A:具体的な内容は明らかにされてへんねんけど、試験を受けたことのある先輩によると、面接官たちの前でアルカイックスマイルをやるらしい

B:そのアルカイックスマイルを「やる」っちゅうのは一体何なんや

A:いや、せやから、面接官を眼の前にして、アルカイックスマイルをすればええんや

B:ほんならあの顔でわろたらええってことかいな

A:まあそういうことやろな

B:なんのためにそんなことやらすねん

A:それがこの昇格試験というのが、要は管理職になるための試験なんやけどな、どうも管理職たるものアルカイックスマイルができなあかんと、会社は考えとるらしい

B:そんなわけあるかいな。聞いたことあらへんで……。俺も人並みにビジネス書とか人材開発の本とか読むけど、そんなん誰も言うてへんで……いや、ちょっと待って、よう考えたらうちの上司もよく、アルカイックスマイルみたいな顔してるわ。そうやわ! 俺らがアホなこと言うても、いっつもあの顔で笑ってくれてるわ!

A:そういうことや。管理職たる者、どんなときも感情を押し殺して、常に笑顔を見せて温かく対応することが求められるんや

B:それでアルカイックスマイルかあ……。せやけど、それは言うたら作り物の笑顔やろ? そんなことしとったら、部下とええ関係を築くのが難しいんとちゃうか?

A:そこがミソなんやと思うで。アルカイックスマイルは、本心を隠すんやなくて、相手を安心させるための笑顔なんや

B:ほんまかいな。まあとにかく、試験に必要ということは分かった。ほんで今、鏡を見ながら練習してたってことやな

A:そういうことや。試験では、ありとあらゆる罵詈雑言と嫌味が吐かれて、またそれとは逆に恥ずかしくなるような褒め言葉も投げられて、さらにプロの漫才師が来てひたすら笑かそうとしてくるらしいんやが、それらをとにかくアルカイックスマイルで乗り切ることが求められるそうなんや

B:大掛かりな試験やねえ。まあでもとにかく表情を固定しとったらええっていうことやね

A:そんな簡単に言うけどな、やってみたらこれが難しいんや。しかも単に固定するだけやとあかんねんて。自然なアルカイックスマイルを作らなあかん。ムスッとしても、無表情でも、笑いすぎてもあかんねん。そもそもな、アルカイックスマイルというものが俺には難しい。自分の笑顔をちゃんと意識することなんかなかったからな。それにアルカイックスマイルをちゃんと見たこともあらへんし。せやから今、こうやってスマホで仏像見ながら、鏡で練習しとるんやけど、何かちゃうねんなあ

B:そうかいな。もっかいちょっとやってみくれるか? ええからええから。あ、もうやってる? これ? これやな? ほおほおほお。はあ~~なるほどなあ

A:何がなるほどやねん

B:いや、分かったわ。お前はな、ちょっと考え過ぎや

A:考え過ぎて、何がやねん

B:いや、笑おうとしすぎなんや。アルカイックスマイルというのはな、まあ人の作ったんもんではあるんやけれども、あくまでも仏さんの笑顔なんや。ほんで仏さんはな、笑おうとおもてわろてるわけやないねん。仏さん自身の慈愛の心が、結果的に表情に出てるだけなんや。せやからな、笑おうとしたらあかん。あくまでも目の前の相手に対して、慈しみを持ってコミュニケーションを取る。そうするだけでな、自然と顔はアルカイックスマイルになるんや。こんなふうにな

A:お前!? それ、アルカイックスマイルやないか!?

B:そうや。俺は今笑おうと思ってわろてへん。ただ、アルカイックスマイルのことで悩んでるお前の力になりたいと、そう思ってるだけなんや

A:すごいなあお前。そうか、もう問題なく管理職になれるわけやなあ。せやけど、お前、それはどうやって練習したんや

B:中学の時に保健体育で習った

A:やっぱりすごい学校やねえ。英才教育やなあ。いやいや、ありがとう。よう分かったわ。無理やりやろうとしてもええことないな。どこまで行っても、人と人とのやり取りなんやな。もっかい一から練習してみるわ

B:それがええ。ええか、忘れたらあかんで。相手のことを、大切に思うんやで……

(後日)

B:いや~遅れてすまんなあ。おっ、ええアルカイックスマイルやないか。それやったらもう聞くまでもないと思うけど、試験どうやった?

A:(アルカイックスマイルで)合格や

B:おおよかったやないか! おめでとう! ほんなら今日は祝いの席やな。私が何でも奢らせていただきます。また出世払いで返して

A:ありがとう。せやけどな、一個困ったことがあってな

B:どないしたんや

A:あれから、アルカイックスマイルが解かれへんようになってもうた