死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

キャラクターソングから理解する林田藍里の成長について

 体を動かしたほうがストレスにも腰痛にもよいと知ってから、毎週1日は必ずジョギングをすることにしている。約5kmを一時間かけてゆっくりと走る。距離が短すぎやしないか、と思われるかもしれないが、気合を入れて走った結果、結局習慣化までできない経験が幾度となく続いたことによる妥協の産物である。それでも息は切れるし、汗は止まらない。私にとってはこれがちょうどいい。

 多くの方と同じく、ジョギングの際には音楽を聞いている。”聞いている”といっても、周囲の音が聞こえなくなるのは怖いので、音量はそこそこに抑えている。それでいて道路横の歩道を延々走り続けるため、実際のところほとんど何も聞こえない。基本的には、くぐもった車のエンジン音を耳にするのみである。

 言い換えると、車が走っていなければ、イヤホンはスルスルと音楽を耳に届けてくれる。そこまで交通量が多い道路でもないので、信号のタイミングによっては、音楽がクリアに聞こえることがある。そこで初めて、今何の音楽がかかっているのかを知り、そして歌詞が頭に入ってくるのだ。しかし、そうこうしている内にまた車がやってきて、エンジン音以外が聞こえなくなる。こんなことを繰り返しながら、ひたすらに足を動かしていく。

 

 ランニングアプリが3kmの通過を知らせた直後のことだった。林田藍里の声がイヤホンから聞こえてきた。

隠すことないよ 今のあなたはすごくまぶしい

【引用元】『Party! Party!』 作詞:山本メーコ

 再生されていたのは、藍里のキャラクターソングである『Party! Party!』だった。藍里らしい、優しさあふれるまっすぐな言葉だ。しかしふと思った。この言葉は、いったいどういうシチュエーションで発されたものなのだろうか。息を整えながら生じた疑問は、車の音と疲労感でかき消えていった。

 

 

 私はありがたくも昨年に続き企画された、『Wake Up, Girls! Advent Calendar 2020』用の記事作成にとりかかろうとしていた。当初はななみなみコンビについて書こうと思っており、それにあたって、これまでノータッチだった過去のWUG関連作品にも触れてみようと、まずは 『小説版 Wake Up, Girls! それぞれの姿』を手に取ったのだった。

 小説版はアニメのWUGを補完する内容であった。活字媒体の利点を最大限に活用し、7人(と松田)の心情を細かく描いている。「みんなこんなことを考えていたんだな」と、驚き半面、感心半面。読み終わった時には、実波・未夕の二人の人物像が自分の中で大きく変わった。

 しかし、それらにもまして、藍里の章は非常に印象的だった。真夢への想いがとても強いのである。

 

 林田藍里は家族構成や自身の素質、諸々の要素を含めて、WUG7人のなかで最も普通の女の子だ。それでいて自分に自信がない。いわゆる自己肯定感が低い。藍里はそんな自分をこのように分析している。

たぶん私、これまでの人生で──って言ってもたった十五年だけど──成功 体験がすごく少なかったんだよね。だから、新しいことをやろうって言っ ても、いまの私に簡単に想像できる趣味とか習い事じゃやっぱりうまくいかないだろうってことも簡単に想像できちゃうっていうか……。

待田堂子. 小説版 Wake Up, Girls! それぞれの姿 (Kindle の位置No.725-728). 株式会社 学研パブリッシング. Kindle 版.

 そんな彼女が、どうしてアイドルのオーディションなんてものに応募する気になったのか。これは島田真夢の影響が非常に大きい。真夢の努力する様を見て、自分も頑張ろうと思ったから。身近な人間の影響を受けるのはままあることで、特段珍しくはない。しかし、藍里の場合それだけではなかった。"真夢のため"でもあったのだった。

 ゆべしをきっかけに真夢との距離を縮めた藍里は、しかし真夢に得も言えない壁があることを知る。全てはI-1時代に起因しているのか、本人に対して聞くに聞けない日々が続くなか、藍里は真夢の心の動きを細やかに掬い取っている。

だって、体育の授業でダンスをやってるとき、音楽の授業で歌を歌うとき、まゆしぃは、なんていうのかな……こみ上げる楽しさをかみ殺してる、 みたいな…… 複雑で、ちょっと苦しそうな表情をしてたから。

待田堂子. 小説版 Wake Up, Girls! それぞれの姿 (Kindle の位置No.740-742). 株式会社 学研パブリッシング. Kindle 版.

 表情の変化から感情の機微を読み取るというのはなかなかできることではない。それだけ藍里は普段から真夢に視線を送っていた、ということだろう。そして藍里はある願望と持つ。

でも、自分のこと買いかぶりすぎかもしれないけど、まゆしぃ、私と一緒 なら、もしかしたら、好きな歌やダンスをのびのび楽しんでくれるかもしれないって、根拠はないけど、そう思った。

待田堂子. 小説版 Wake Up, Girls! それぞれの姿 (Kindle の位置No.742-743). 株式会社 学研パブリッシング. Kindle 版.

 憧れの存在である真夢が、自分と一緒なら殻を破ってくれるかもしれない。自分に自信のないはずの藍里が、他者を通して、非常に前向きに自らを評価しているのだ。真夢と触れ合ったことによって、自分の至らなさを実感した。しかし、同じく真夢によって新たに決意した。真夢と関わる範囲において、藍里は自分に自信を持つことができるようになったのである。

 

 とはいえ、人がそんなに簡単に変われるわけもない。一次審査を合格したものの、あらゆる不安を抱えた藍里は、真夢に指南役を頼み出る。快諾した真夢に個人レッスンを受ける日々を経て、二次審査の日程が近づいてきた藍里は、膨れ上がる不安を堪えきれず、真夢に二次審査への同行を依頼する。一瞬戸惑う真夢だが、応諾するとともに、藍里に対して励ましの言葉をかける。

「……ううん、いいよ。藍里の気持ちもわからないわけじゃない。でもね……」

「でも?」

「藍里は、もっと自分に自信を持った方がいいよ」

 ──まるで、魔法の呪文だった。まゆしぃからそんな言葉を言ってもらえるなんて。

待田堂子. 小説版 Wake Up,Girls! それぞれの姿(Kindleの位置No.888-890).株式会社学研パブリッシング.Kindle版.

  せっかくの魔法も、結局は丹下社長の迫力によって、このあとすぐに解けてしまうことになる。ただ、自己肯定感の低い子が、憧れの存在から直接的に勇気づけられた。それは非常に嬉しく、心強く思われたことだろう。そしてこの言葉が、今もなお藍里の中に深く根ざしていると考えるのは大げさだろうか。

 はっきりと言えるのは、もしも島田真夢と出会っていなければ、林田藍里はアイドルを目指すことなどなかったということだ。その意味で、林田藍里にとって島田真夢の存在はあまりにも大きい。

 正直なところ、アニメ版を見ていたときには、藍里の真夢に対する想いがここまで大きいものだとは認識していなかった。しかし、小説版を読み、それを知った今、藍里のキャラクターソングたちの解像度が上がったような気がしたのだった。つまり、『可笑しの国』『ヒカリキラリミルキーウェイ』『Party! Party!』の三曲は全て、真夢との関係性を前提として歌われているのではないかということである。多分に今更感の強い話ではあるが、個人的な気付きとして本記事を書くことにした。

 

 ところでキャラクターソングをどのように捉えるか、というのは実は難しいように思う。例えば、キャラクターソングというのは、作中における登場人物の心象を、次元を超えたこちらの世界の我々が、勝手に音楽にしているものであるのか。それとも、例えば作中において彼ら/彼女らが自身の持ち曲として発表しているものなのか、どちらとして解釈するのが適当か。

 これは、作中でキャラクターが自身のキャラクターソングを歌う機会があるかどうか、とも言い換えられる。ただ、ここは本論ではない。そして面倒なので、本記事では「キャラクターソングとはキャラクタの心象をこちらの世界の我々が勝手に楽曲化したものである」との前提に立ちたい。その上で、話を進めていこう。

 

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 可笑しいの着目点は一つである。はたして、「よろこばせてあげたい」"きみ"とは誰なのか。誰に笑ってほしいと考えているのか。一見すると未知の第三者、あるいはファンであるようにも思えるが、これを真夢として捉えると、歌詞全体が同じ方を向いているのだと分かってくる。

いつだって 励まされているんだ

まっすぐに名前を呼んでくれる声に

そのことを誇らしいと思えば

私でも輝いていけるって信じられる

【引用元】『可笑しの国』 作詞:只野菜摘

  小説版において、藍里は真夢に励まされ、自己を確立していった。少しずつでも自分をできるようになっていった。今の藍里がいるのは、まさしく真夢のおかげである。だから今度は自分が真夢に笑顔をあげたい。笑ってほしい。そう藍里は心のなかで想っている。

 可笑しの国は、藍里から真夢に対する、そんなただひたすらに強く切実な想い表した楽曲と捉えてはどうだろうか。藍里の視線の先には、常に真夢がいる。

 

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 藍里のキャラソンは全体的に抽象的である。別に藍里に限った話ではないかもしれない。ともあれ、本曲に至っては天使が登場する。

 藍里は天使に導かれながら、あるいは天使を追いかけながら、ヒカリキラリミルキーウェイを渡っていく。

 もちろん、天使とは比喩表現であろう。では、何を指して天使と称しているのか。言うまでもなく、島田真夢である。

「先を歩く天使の歌を」と言っているように、天使は最初、藍里を導く存在であったことが伺われる。自分よりも前を行く存在であった。そんな天使に、藍里は助けられている。きっとありがたみを感じている。しかし藍里はそれだけで良しとしない。自分を引っ張ってくれた天使に何か恩返しができないか、そのような存在に自分がなれないかを愚直に考えている。

もうちょっと空高く

差し伸べられた手を

包んであげられるくらい

はばたきたい だから 

【引用元】『ヒカリキラリミルキーウェイ』 作詞:吉田詩織

  小説版の記述を思い出してみよう。藍里は、自分と一緒にアイドルをやれば、真夢の笑顔が戻ってくるのではないかと、願望半分に考えていた。「そうだったらいいな」と、そう思っていた。

 この点、可笑しの国ではどうであったか。「よろこばせてあげたい」、「笑ってほしい」。そういった想いは持っているものの、具体的な動きにまではつながっていない。あくまでも、そうしたいとのレベルに留まっているように思われる。

 しかし本曲における藍里は、より明確に自分の意思を述べている。可笑しの国が「これから頑張っていきたい」ならば、こちらは「まさに今頑張っている」ということだ。その結果、藍里は天使の背中に追いつくこととなる。

気づけば背中に

白く大きな翼

天使の声が近くに聞こえてくる 

【引用元】『ヒカリキラリミルキーウェイ』 作詞:吉田詩織

 ここの情景ってどんな感じだと思いますか???(唐突)

「背中に大きな翼」というのは、つまり藍里自身が翼を得たと捉えるのか、それとも天使が藍里を背中から抱えた結果として、藍里が自分の背中に翼が生えているような感覚を得たということか。微妙なところではあるが、前者のほうが続く歌詞とあわせると自然であるように思う。

 つまり、天使を追いかけていった結果、自分にも天使と同じ羽根が生えた(=天使と同等の存在になった)。藍里は、真夢と同じステージに立つまでに成長したのである。 

 しかし本曲で藍里は、天使に近づいてもなお、ヒカリキラリミルキーウェイでの歩みを止めないと宣言する。真夢に追いつくことはもはや目標でなくなっている。彼女は次のステージに歩みをすすめる。

 

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 そして件の『Party! Party!』である。「天使の羽」と、前作を思い起こさせるワードから始まる本曲。可笑しの国で真夢を想い、ヒカリキラリミルキーウェイで真夢の横に並び立った藍里は何を歌うのか。

 ほか二曲との大きな違いは「みんな」が登場することだろう。わたしとあなただけの世界ではない。藍里の中で、他者への意識が活発化しているということか。

 

 可笑しの国では願望でしかなかった。いつかきっと、あなたを笑わせたい。よろばせてあげたい。ヒカリキラリミルキーウェイでは努力を重ね、目標に追いついた。本曲は、そんな「成長した後の藍里」がの歌であるとの前提に立てば、景色が見えやすくなるのではないか。

 まず作中に登場する、涙を流している人物とは誰か。これを島田真夢とする説は言うまでもなく有力である。非常にすわりがよいからだ。「真夢を笑顔にしたい」という感情から始まった藍里のアイドル人生は、真夢を追いかけている内に対等な関係となり、当時自分にかけられた言葉を、今度は藍里が真夢に返すまでとなったという解釈だ。

 アニメWake Up, Girls!の第7話『素晴らしき仲間たち』において、真夢は、早坂から脱退勧告を受けてふさぎ込んでいる藍里を連れ戻すべく、林田家に押しかけた上、仲間とレッスンに明け暮れていた藍里について、このような言葉を投げかけている。

落ち込んでた、どん底な気分の私には、藍里の姿はまぶしかった。

あのときの藍里、間違いなく輝いてた。私の目にはたしかにそう映ったんだよ。

藍里は私に戻るきっかけを与えてくれたんだよ。

【引用元】アニメWake Up, Girls! 第7話『素晴らしき仲間たち』 15:24~15:49

 この時の藍里は、 真夢の言葉を真正面から受け入れることができなかった。直後の佳乃の説得のほうが印象的ですらあったかもしれない。しかし、それはまさに自分が望んでいた言葉だったはずである。であれば、藍里の心のなかに、それこそ自己肯定感を満たす形で、深く刻まれていると考えても不思議ではないだろう。

 そしてParty! Party!では、藍里が同様の言葉を口にする。

こらえきれない涙は 本気出した証だから

隠すことないよ 今のあなたはすごくまぶしい

【引用元】『Party! Party!』 作詞:山本メーコ

 昔真夢が自分に言ってくれた言葉を、今度は自分が真夢に投げかける。引っ張られる、支えられる側だった自分が、今度は支える側に回る。そんな藍里自身の成長を、端的に描いたものであるように思われるのである。

 と結論づけてもよいのだが、藍里を真夢との一対一の関係に留めておくことが妥当なのか、という気もしてくる。もはや藍里の思いやりは、特定個人だけに向けられるものではないのではないか。すなわち、当時真夢に自分が助けられたように、今度は自分が他者を助ける側に回る。自分が勇気づけられた言葉をもって。と考えたほうが、成長した藍里の描写としては適当であるように思われるのである。

 したがって、本曲に限っては特定個人としての島田真夢は登場しない。林田藍里は島田真夢によって救われた。島田真夢は林田藍里によって救われた。そして、藍里はこれからも他者を救っていく。自分を助けてくれた真夢のように。

 

 以上から、林田藍里のキャラクターソングは、真夢との関係性を中心に、藍里自身の成長を描く三部作だったと捉えるのが相当である。そこにはもう、かつての自己肯定感の低い少女は存在しない。自分を認めた上で、他者を認めることもできる。林田藍里ほど、優しく、強い人間は存在しないのである。