~2025年某月某日~
唐突に有給休暇を取得した私は、その使い方を考えあぐねていた。このような無計画な休みは突発的に何かをするしかなく、平日にしかできないことを早朝から検討した結果、カラオケに赴くことにした。カラオケである。土日アホほど混んでいるカラオケも、平日の午前は空いているのだ。とにかく大声を出したいほどにストレスメーターが上がっているわけではなかったが、そうなる前に大声を出しておくのが肝要である。そういう意味でも、このようなタイミングでカラオケに行くのはなかなかに素晴らしい選択だろう。そうと決まれば動きは早い。平日にしてはいつもより数十倍軽やかな足取りで、私は近場のカラオケに向かったのだった。
久しぶりの店内は久しぶりすぎて若干の緊張感さえ覚えてしまうほどだが、ともあれまずはプランと機種選びからだ。さして飲まないドリンクバーを儀式のように頼みつつ、「一旦ひとまず二時間ね」の顔をしながら、機種はもちろんDAMである。何がもちろんなのかといえば、それは遠い昔の話になる。なぜJOY SOUNDではなくDAMなのか。いわずもがな、Wake Up Girls!の影響である。
カラオケに来ていつも迷うのは、何を歌うかである。あまりにも本質的な悩みだ。というのも、私は特定の曲を歌いたくてカラオケに来るわけではないからだ。カラオケに行きたいが先に来て、それより後のことは知らない。デンモクを見ている間にも時間は過ぎていくのであって、もったいないことこの上ないが、逆に数百円を支払っているからこその心の余裕もあるものだ。私も社会人としての余裕が出てきたのだなと、こんなところで実感する必要もないが、時間制限のある食べ放題で必死に口の中にかきこむ必要がなくなったのと同じく、カラオケに来たからといってその時間を最大限に使って歌う必要もないのである。
人の少ないカラオケは、人の多いカラオケと同様に周囲の音が漏れ聞こえてくるもので、早朝の平日のカラオケといえば、人生が一段落している紳士淑女ばかりと思いきや、実際には金管楽器を持ち込んでいる青年もいるし、とまあせいぜいそのぐらいだが、何をしてもOKなのがカラオケのよいところであろう。そこそこ長く働いていると忘れがちだが、会社以外にも社会がきちんと存在していることは折に触れて実感したほうがよい。
とはいえ、当然ながら、何も歌わないともったいない事実は変わらず、それこそ有休を取っていまここに来ているのだから、散々「俺も余裕が出てきたな」などと宣っていながら、最大限に歌わないと何かを無駄にしている気もするのであり、それが現代社会人の悪いところだとの自覚はあれど、費用対効果は常に私の頭につきまとう。一息ついてあらためてデンモクを手にした私は、思いつくままに2000年代のアニソンとJPOPを検索し、選択し、つぎつぎと曲予約にほおりこんでいったのだった。
喉の調子を確かめながら、ひととおり歌い終えていくと、そのあたりから私は、WUGの曲を歌いたくなってきた。ここでも結局問題は、どの曲を歌うかである。全部の曲を通して歌うのももちろんありだが、ここでまたしてもカラオケ費用対効果論を考えれば、さまざまなアーティストの楽曲を歌ったほうが、なんだか得をしているような気がする。言うまでもなく、何から何までまやかしであるが、そんな気がしてならないので、BEST版を1から全部歌っていこうとはならないものである。
特に絶対にこれを歌おうという一曲があるわけでもないから、毎度どれにしようかなと選ぶことになる。その日の気分として、しっとりした曲を歌ってもあまり楽しくなさそうだったから、必然的にアップテンポが候補になり、吟味した結果選んだのは『16歳のアガペー』だった。
楽曲が始まってまず驚いたのは、おなじみのカラオケ映像が男女の交際を描いたものだったからだ。しかも、ツンデレ女子とオタク男子である。これはアニメの楽曲だから選ばれたのかどうかは定かでないが、意図的なテンプレートっぽさを醸し出しているのが面白く、男子が勇気を振り絞ってプレゼントを買ってくれたところに惚れるよくわからなさも面白く、終始何だこれはと思っていたのであった。
このように、歌自体ではなく映像に関心が向いたのは、アガペーを歌い初めて早々に、どこか気恥ずかしさを覚えたからであった。長らく意識していなかったのだが、あらためてこの楽曲と向き合い、その歌詞を文字として読みながら歌ってみると、めちゃくちゃ若い。すごい若い。そもそも16歳だといっている。おっさんが歌ってはいけないなんて話は当然ないが、自分は一体誰の目線で歌っているんだとの気持ちになるのも致し方ないであろう。
そうして、面食らいつつ歌いながら、ディスプレイ上の映像を見ながら、このように思ったのだった。『16歳のアガペー』は男女間の恋愛感情を描いた一曲だったのか? なぜならば、自分がそのように捉えていなかったことに気がついたからである。百合っぽさのある情景を常に思い浮かべていたように思うのである。ボーカルが女性であることも相まって、曲の主観は女性にある。しかし、その視線の先にいるのは誰かと考えると、そこに男性はいないような気がしてた。すなわち、どちらかといえば女子同士の友情であるように思っていた。ところが、あらためて歌詞を読むと、普通に男女の歌であるなあと思い、またそうであるとすると、「まっすぐ君の名前を呼ぼう」とするのは女性側であるにも関わらず、ライブでは(主だって)男性から声が返ってくるところが転倒しているんだなと、また新しい発見をして面白く感じたのだった。
ワンコーラスを終えたころ、早々にアガペーの醸し出す可愛い雰囲気にも慣れた私は、楽曲の残りを全力で歌うことにした。そもそも、カラオケというものは全力で歌う方が楽しいのである。全力といっても色々あるが、自分自身の全力を出す(トートロジー)ほかにも、本気で歌手本人になりきって歌うのも全力である。
よく知られていることだが、人はカラオケに入ると、性別や年齢を超えて数多のアイドルやアーティストになれるのである。それが全力というものだ。仮に監視カメラの映像がネットに流出したときに、見た人が笑ってしまうぐらいに全力であるとなおよい。言うまでもなくそんな事態にはならない方がよい。
恥も外聞もなく16歳のアガペーを全力で歌え。身振り手振りを付け加えて、クラップを入れて、ときにアイドル、ときに観客となりながら、自作自演で空間を作り上げるのだ。そうすればなにか見えてくるものがあるとは限らないが、単に楽しくはある。そういえばWUGちゃん7人それぞれがサビのときにステップの仕方や足の上げる角度が違ってて良かったなとか、そういうことを思い出せるようにもなる。だから全力で歌うとよい。
2時間が経過し、迷うことなく退出を選ぶ。冷静に考えれば、プロのライブでも2~3時間なのだから、素人が2時間も歌えば、たぶん身体のいたるところがボロボロである。これぐらいでよいのである。精算をして店の外に出ると、時間はまだ昼過ぎにもなっていなかった。私の有給はまだ残っている。さて何をしようか、と寸時考えたのち、ひとまず腹ごしらえに向かうことにした。
了
本記事は、Wake Up, Girls! Advent Calendar 2025における一日目の記事として作成された。