ひきわり算盤

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

休日、エドモンド本田、アーモンド兎田

 どこかへ行きたいわけでもないのに、家にいるのも嫌な時には、結局外に出るのが正しいと思う。どうせどちらでも後悔はしうるのであるから、どっかに行けば何かよいことが起こるかもしれない可能性に懸けるのがよい。もちろん、悪いことが起こる可能性もあるのだが。

 そう思って昼食がてら外へ出ることにした。ひとまず腹ごしらえである。よくよく考えてみると、ゆっくりと食事をとれるのは休日ぐらいである。平日は三食通して気が急いている。まったく穏やかでない。それに比べて今はどうか。メニューを選ぶような余裕がある。これは非常に素晴らしいことだ。悩む時間を許容できるほどにゆとりがある。それは非常に素晴らしいことだ。

 

 食事を終えて、さあどうするかと考えると、とりあえず移動しようということになる。移動にランダム性を求めるのだ。ひとまず梅田周辺に到着して、例によって本屋にでも行こうかと思った矢先、思い出したのはカプコンストア。そう、大丸にあるはずだ。ホロライブとスト6のコラボアイテムが欲しかったのである。観虐氏によるエドモンド本田と兎田ぺこらのイラストが本当に良くて、特にこの高らかに笑っている本田と味噌汁を書き込んでいるぺこらが何度見ても好きで、ぜひともと思っていたのだった。そんなことさえ忘れていた。

 そうして到着した大丸13階には、ポケモンセンターニンテンドーストアがあるのは知っていたが、そこにカプコンも並んでいる。ワンピースもハリーポッターも並んでいる。大丸のフロアの中で最も混んでいるだろう。カプコンストアはいつも行かない方向にあった。こじんまりとした店構えだが、中にはカフェもあるので、外から見るよりは奥行きがあるのだろう。どういういきさつかは知らないが、銀魂コラボのCMが流れ続けている。

 キンバリーの人形を手に取りつつ、くだんのコラボアイテムを見つけた。ステッカーを一枚。そして、トレーディングアクスタを一枚。元来ランダムアイテムにはなるべくお金を使いたくない側の人間ではあるのだが、こういう場合は仕方がない。お祭り気分に身を委ねて目をつぶるほかない。そのように感情を処しながら、少し違和感を覚えていた。ネットで見たグッズがない。ここでようやく調べてみると、私が欲しかったグッズはプライズ景品であるようだった。そういうのもある。ジェイミーバッジを付けた店員さんに精算してもらいながら、私は迷っていた。プライズということはあのUFOキャッチャー的なゲームをプレイする必要があるということだ。そしてそもそも、それらを遊べる場に行かなければならないということだ。最も近い場所はどこであろうか。どうやらなんばにあるようである。一方で、ネットでも遊べるらしい。さてどうするか。最後にクレーンゲームで遊んだのは、小学校の頃ではないだろうか。あの頃から、ランダム性と景品が紐づいた遊びが好きではなかった。しかし今では、クレーンゲームが、ある種の天井がある遊びであると知っている。そして、普段やらないようなことをするのが良いのではないか。そういうランダム性を求めて今日は外に出てきたのではないか。であれば無論、行くべきであろう。地下鉄に乗って行け。長居でライブがあるらしいONE OK ROCKのファンたちに揉まれながら、私はなんばに降り立った。

 

 CAPCOM BOX なんばウォーク店は、御堂筋線なんば駅からほどなく歩いた場所にある。

ししろーん

 

 意気込んでやって来たものの、現地においてなお、私は迷っていた。ここでグッズが取れるまで粘るのだろうか? そんなことをしたことのない私が? たまたま周辺に客がいなかったのも影響している。一人でホログッズ獲得のためにUFOキャッチャーに勤しむ姿について、肥大した自意識が警告を発してくる。そんなことをして大丈夫か? 大丈夫であろう。なぜならば、そんな客は珍しくないからだ。そして、仮に珍しいとしても、遊ぶ側の自由である。

 と、ひとしきり脳内議論を交わしたのち、数ある内の一つの筐体に向き合った。商品を上げて落として向きを変え、棒と棒の隙間に入るよう動かしていくタイプのやつだ。景品はアクスタ。俺は本田と兎田を手に入れる。

 最近のクレーンゲームは親切だ。何といっても小銭が不要である。電子マネーで簡単に入金が可能だ。両替の必要もない。言い換えると、あまりにも簡単にプレイを積み重ねられてしまうということでもある。その点ではガチャと同じだが、クレーン操作が挟まるので、気分を落ち着けられるポイントは多いかもしれない。

 最初の3プレイで取れるはずもなく、しかしなんとなくのコツを得た気になった私は、無言で次の入金を行う。課金とは言わない。なぜなら、コインを入れる感覚があるからだ。QRコードを撮影し、支払う、支払う、支払う。クレーンを動かして、景品をずらして、そして落ちない。あまりに短期間かつ連続の支払いであるため、ともすればカード会社が決済を止めるんじゃないか? と心配し始めたあたりで、私は意を決してヘルプを求めることにした。すみませんお兄さん、これどうやるのがいいですかね? お兄さんのアドバイスは的確だった。どこを持てばよいか、どのように動かせばよいかを教えてくれた。そして心強い一言。「次で行けると思いますよ!」。この見立ては真実であった。自らがバウンドした衝撃で、景品はスルッと棒の間を抜け落ちたのである。

 

度重なる500円

 

 自力でもそこそこいい線まで来れていたのか。素直に嬉しい。もちろん、もっとうまくやれば、より早く落とせていただろう。しかしまあ、よいではないか。そう達成感に浸っていたところ、お兄さんが声をかけてきた。「残っているクレジットを他に移せますけど、どうします?」 全く親切なシステムである。では取ろう、Tシャツを。

 

 ほくほく顔で帰途につく。欲しかったものがすべて手に入った。最終的な費用も、普通に販売品を買うのと大差ない金額になったように思われた。しかし、実のところ金額は気にしていない。普段やらないことをやって、なんだか楽しかったという経験が、私にとっては気持ちが良かったのだった。このように、外に出ると良いことがある。

 帰り道、なぜか忍者ショーがやっていた。外に出るとこういうこともある。忍具を使ったパフォーマンスに大盛り上がりである。間近で見る殺陣も迫力があってよい。悪役の忍者が「死ねえ!」と叫んでいた。Youtubeなどのせいかは知らないが、ネット上から「死」という言葉が見えづらくなっている中、やはり本質は現場にあるのであろう。こういう偶然に出会うからこそ、外に出る意味があるのだろう。