死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

ある男の独白:存在しない取調記録

(筆記者注:以下は音声ファイルの書き起こし。空調機器?の音が小さく響いている)

刑事さん。俺はね、申し訳ないけど本当にそんな悪いことをしたとは思ってないんだ。ずっと一つのことを考えていただけさ。それは本当にシンプルで簡単で、おんなじように考えているのはきっと俺だけじゃない。俺以外にもいくらでもいるはずだと思う。でもそんなことは関係なくて、それはだめなことだって言うんだろ? 分かってるよ。分かってるつもりさ。でもさ、とりあえず聞いてくれよ。

俺はさ、確かに女性声優がゲームで遊ぶ姿を映すだけの番組をよく見ていた。でもさ、それはこういう理由からなんだ。

俺はね、かわいい声の、あるいは印象的な声をした女性たちが、楽しそうに喋っているのを聞いていたかった。見ていたかった。ただそれだけなんだよ。間近で見たいとか、あわよくばその会話に加わってとか、そんなことは一切考えちゃあいない。画面を通して、スピーカーを通して、インターネットを介して、この世のどこかにそういう空間があるってことを夢に見られるだけでよかったんだ。(筆記者注:刑事が相槌を打つ音が随時に挟まる)

だからさ、今となってはよく女性VTuberの配信を見ているのも、そういうことなんだよ。本当にいい時代になったよな。変に過激なわけでもなく、聞いてて心配にも不愉快にもならない、ちょうどよい内輪感の延長線上にあるコンテンツが増えてさ。人間の顔も出てこないじゃない? 見る側も要らんことに気を使わなくてよくなったのさ。YoutubeでもTwitchでも、ページを開いたらアホみたいな多さの配信があって、配信の数だけ世界があるんだよ。なんて、実際のところは俺も大手の人しか見てないけどさ。でも配信者一人ひとりにファンが付いていて、狭い広いの違いはあるけど、そこはもう一つ一つがその人たちの世界なわけさ。あとちょっとメタなことを言うけど、結構同年代の人が多いんだよ。そういうのも何か勇気をもらえるっていうかさ、刑事さんも同い年の野球選手がいたら応援しちゃうでしょ? それと同じだと思うんだよね。

ほら、刑事さんもさ、例えば昔好きだったアイドルとか、バンドとか、そういうのってなかった? テレビやラジオを通じてしか触れられない世界。それがそこに存在していると思えるだけで嬉しかった、そんな記憶はない? 俺にとってはそれが、たまたま今の時代のこういう配信だったってだけさ。それがちょうどいいんだよ。直接的すぎないからこそ、想像できる余地があるってもんさ。ただ、あれでしょ? こうやって話しても、刑事さんは「じゃあその時間を別のことに使えばよかったんじゃないか?」とか思ってるんじゃない? でもさ、刑事さん、それって何をするにしても同じだと思うよ。俺は単に、自分が楽しいと思えることをしていただけなんだ。ゲームをする人だって、読書をする人だっている。俺が配信を見て笑ったり、リラックスしたりするのは、誰かに迷惑をかけているわけでもない。ただ、画面の向こうの誰かが「楽しい」を届けてくれて、それを俺が受け取っていただけ。俺の行為は、それ以上でもそれ以下でもないんだよ。

(筆記者注:沈黙がしばらく続く。刑事は時折ため息をつきながらメモを取っている?)

俺はさ、そういった世界から言わばお裾分けをもらってただけさ。一人の消費者として、鑑賞者として、文字通り遠く離れたところから眺めていただけ。それっていけないことかい? 刑事さん。じゃあさ、俺はいったいどうすればよかったのかな。教えてくれよ刑事さん。俺はいったいどうすべきだったんだろうか。刑事さん。俺はどこで間違えたっていうんだ。お願いだから、教えてくれよ。

(筆記者注:音声はここで終わっている)