死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

演者とキャラクタが交錯した場所―声優ユニット『Wake Up, Girls!』のライブツアーにおける前説が織りなした世界について―

 本記事は、トキノドロップさんにおけるWake Up, Girls!記事連続投稿企画「はじめましてのパレード」10日目の記事となります。昨日のご担当はまこちんさんでした。本日は同日でホテル野猿さんも担当されています。明日は吾解さんとたかふぉいさんがご担当です。

前段

 2019年5月31日、『Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME -~ PART III KADODE~』のBDが発売された。HOMEの物語もこれで完結。そこに残されたのは、非常に美しい光景だ。必ずしも一枚岩ではなかったはずの客席サプライズ企画も、その一編を支える存在となっていて、後に映像を見返した時には、素晴らしい何かがあったんだなと、そのような印象が残るだけだろう。皮肉ではなくて、結果的にそうなっていることが個人的には面白い。それが映像として残る意味であり、そうやって歴史は形作られていくのである*1

 一方で、映像に残らなかったものがある。と、言い出すとキリがないのだが、ここで取り上げたいのは「前説」、または「影ナレ」と言われていたパートである。

 Part1では山寺宏一さんのナレーション、Part2ではファンタジーな世界観と*2、7人が壇上に現れる前から、様々に趣向を凝らして客席を沸かせていたのがHOMEツアーであったところ、Part3においては、キャラクタとしての7人による寸劇、そして下野紘さん演じる大田邦良の暑苦しい時間が、私たちを楽しませてくれたのだ。各会場・各日程で脚本が変化する仕掛けも相まって、「次は何が来るのか」と、ライブの魅力を引き立たせていたのである。

 また、単に楽しい催しというだけではない。「解散」が持つ意味の大きさもあってか、声優ユニットとしてのWake Up, Girls!に焦点が当たっていたHOMEツアーにおいて、この前説は、Part1・2のリーディングライブと並び、キャラクタたちとの数少ない接触点だったと言える。そんな前説が、本BDには収録されていない。それを残念に思わない、と言えば嘘になるが、文句があるわけでもない。特に仙台公演の前説は、収録が難しい内容ではなかったはずだから、構成上の判断ということだろう。

 さて、スピーカーから聞こえてくるキャラクタの声を聴いて、当時の私が考えていたのは、そんな前説だけに登場する「7人」と「1人」は、このツアー中どこにいて、何を見ていたのか、ということである。言い換えれば、私たちが前説として聴いたものは何だったのか、ということだ。

 脚本を担当されたのは、メンバーの一人である吉岡茉祐さんであり、メタネタも豊富だったため、いかに観客を楽しませるかとの視点で作られたように伺えるから、ごちゃごちゃとこねくり回す話ではないのだと思う。しかし、吉岡さんなら、何にしても手を抜かない気もする。というわけで、いつも通り考えてみよう。そしていつも通り記憶は曖昧なので、認識の違いがあったらば大変恐縮である、と予防線を張りつつ、まずは各会場でどのような前説があったのか、できる限り思い出していこう。(5000字程度)

 

記憶の中の前説

熊本公演

 Part3の口火を切った熊本公演では、片山実波・七瀬佳乃をメインに、青山吉能も登場するという内容だった。原作者がキャラクタと会話する、往年のあとがきに近い雰囲気を感じ、懐かしさを覚えたものである。まずここで認識できたのは、キャラクタもまた、熊本の地に降り立っているということであった。しかし、彼女たちは一体何をしに来ているのだろうか。この時点では、彼女たちの口から「ライブ」や「ツアー」といった言葉を聞かない。

 また、キャラクタと声優が同一人物としては存在しておらず、キャラクタ自身もそのように理解していた。七瀬佳乃と青山吉能は同一個体ではない。当たり前ではあるのだが、声優ユニット・Wake Up, Girls!と、アイドルユニット・Wake Up, Girls!は、あくまでも別の存在として生きているのである。

 だとすると、佳乃が「もっと早く熊本の良さを伝えたかったな」とこぼしたのはなぜか。それに対して、実波が「今からでも遅くはないよ」と励まし、「(門出の扉は)新たな一歩を踏み出すために開ける扉なんだ」と勇気づけたのはなぜなのか。彼女たちは何と向き合っていたのだろうか。

 大田さんの存在も悩ましい。ここで、Part3全編における大田さんの役割を、少し詳しく記しておこう。大田さんは寸劇が終わった後に現れる。まずは、各会場・各公演ごとに異なるくだりがあり、その後ロビーに残っている客を呼び込み、ライブグッズの装着確認をして、舞台裏から聞こえてくる"声優ユニットである"WUGちゃん7人の円陣を挟んで、「WUGちゃんたちに負けてられねえぞ!」と客席に「Wake Up, Girls!」コールを煽り開演を迎える、という一連の流れを担当していた。

 というように、大田さんはとにかく会場に言葉を投げかける。大田さんは間違いなく、会場の中にいた。また、私たちと同じツアーのグッズを身に着けているようで、さらには「WUGちゃんの全てを見届ける」なんてことも言う。大田さんは間違いなくツアーに参加している。しかし、そのツアーは何のツアーなのだろう?  

 

大阪公演

 うって変わって、完全な企画物。クイzoo! Wake Up!と銘打たれた7人総出の大喜利大会。熊本での感慨深さなどどこ吹く風。やりたい放題であった。

 本公演において着目すべきは、やはり大田さんの言動だ。大田さんは、直前まで流れていたクイzoo! Wake Up!に言及する。「ところで最後の答え……みゅーのものが一番良いと思った!」という感じである。ということは、大田さんも私たちと同じように、今の話を聴いていたのである。しかも、本公演では日によって*3大喜利の回答が変わったのだが、大田さんはそれにしっかりと対応していた*4。そうすると、やはり大田さんは、私たちと同じ会場にいたと解してよさそうに思える。少なくとも、同じモノを聴いていた。

 

徳島公演 

 菜々美と藍里の二人が担当した回であり、ここで初めて「HOME」について言及がなされた。そして菜々美は「ただいま」と言ったのである。もちろん私たちは「おかえり」と返した。しかしである。私たちは誰に対して「おかえり」と言ったのであろうか。私の知る限り、菜々美と徳島には接点がない。

 この後、大田さんもまた、感慨深く「菜々美……おかえり……」と涙ぐんで言葉を漏らす。その言葉は、言うまでもなく菜々美の「ただいま」に応じたものであろう。しかし、そうであれば尚更不思議だ。大田さんは山下七海を認識しているのか。それとも、この日に至るまでに、菜々美と徳島との間にも、何か特別な縁が生じていたのか。はてさてどうだろう。

 

長野・愛知公演 

 二公演をまとめてしまったのは、情けなくも、これらについての記憶が完全に飛んでいるからである。人を頼って何とか思い出したのは、「味噌煮込みうどんの朝は早い…」というみゅーの一言。弱々しく書いておくならば、それを始め、(現実の)誰の凱旋公演でもないこともあってか、ご当地の名物紹介的な内容になっていたと思われる。ここでも、7人はその地を訪れていて、大田さんも同様に遠征を楽しんでいた。

 

仙台公演

 永野愛理さんの凱旋、声優ユニットWUGの凱旋。さらには、アイドルユニットWUG、ひいては『Wake Up, Girls!』というコンテンツの凱旋と、本公演が多層的な意味を持っていたことは、もはや言うまでもない。そんな会場での前説は、「終わり」と「始まり」を意識させられる内容だった。

 菊間夏夜は「勝手に殺すな」と強く言った。奥野さんではない。"菊間"が言ったのである。菊間は誰に対して言ったのだろう。そして何を意図していたのだろうか。

 声優ユニットのWUGが解散しても、WUGというコンテンツ自体が終わるわけではないと、強く言い続けていたのは他ならぬ声優の7人自身である。自分たちがどうであれ、アイドルの7人が紡ぐ物語が終わるわけではないのだと。とすれば、菊間は私たちに対して「殺すな」と言ったのであろうか。であれば、この時菊間は、次元の壁を飛び越えてきている。

 一方で、菊間たちもまた、声優の7人と同様の状況にあったのだと捉えることもできるだろうか。解散はすなわち死ではない。熊本で実波が言った通り、始まりであるのだ。菊間の言葉は、純粋に自分たちのファンに対するものであったのかもしれない。

 

 

大田さんは何を追いかけていた?

 根本に立ち返れば、言うまでもなく、大田さんはアイドルユニット・Wake Up, Girls!のファンたるワグナーである*5。だから、大田さんが私たちに投げかけていた言葉は、結果的にそのように見えていただけで、本当はあちらのワグナーに向けた言葉だったのではないか。

 前説での言葉から推察するに、アイドルの7人もまた、「HOME」との名を冠したツアーを行っていた。そのために全国を回っていたのであり、大田さんは、そんな彼女たちを追いかけていた。つまり、私たちがこちらの「HOME」における一つの企画として聴いていた前説は、実はあちらの世界でも実施されていた。もとい、あちらで流れていた影ナレを、こちらの舞台が受信したということなのだ。

 ツアー中、「舞台上にキャラクタの7人が居た」と表現するワグナーもいたが、きっとそれは比喩ではなく、本当にそうだったのではないか。異なる次元で、異なる時間軸で繰り広げられた世界が、土地とステージを媒介にして繋がっていた。7人を通して7人を見ていたわけではない。まさしく、そこでは二つの世界が重なっていたのである。

 あちらのツアーが、こちらと趣旨を同じものとしていたのかは分からない。ただ、終わりのない物語はない。アイドルユニット・Wake Up, Girls!が解散を迎える日も、いつかは来るのだろう。その時、彼女たちは何を見るのだろう。大田さんは何を思うのだろう。多分、誰にもわからない。いや、私たちには分かる気もする。きっと気持ちは同じはずだ。だから私は、声優の7人のために作られたあの四曲が、いつかアイドルの7人に歌われることを、その姿を見られることを、心から楽しみにしている。そんな日が来るのか、それが望まれていることなのかは全く分からないし、別に解散という文脈である必要もないのだけれども。

 

では、想い出のパレードは

 来る6月28日、声優ユニット・Wake Up, Girls!の最後のライブである『想い出のパレード』を収録したBDが、いよいよ発売される。どうやら特典映像も付くらしい。これはPart1~3のBDとの大きな違いである。ライブのコンセプトが違うからそうなった、と捉えることもできるだろう。映像を見る限り、HOMEツアーには「7人の最後の軌跡を残す」といったような、どちらかと言えば芸術性を優先した印象がある一方で、パレードは「エクストラステージ」とも言われた祝祭の場である。とにかく楽しい、でもやっぱりほろっとする。「らしさ」に溢れた内容になっているはずだ。

 そんな想い出のパレードにも、キャラクタによる前説があった。登場したのは7人と、丹下社長、松田さん、そして早坂さんの計10人。大田さんがいないのは寂しかったが、これまでと同様、きっと会場にはいてくれていたのだろう。

 「ようやくここまで来たのね」といった様相で進む大人の会話。3人は舞台袖にいたのか、それとも上から眺めていたのか。また、7人の台詞は、その時にリアルタイムで、舞台裏からマイクを通したものであるように聞こえた。そうであれば、声を出していたのは声優7人だったのだろう。しかし、聞こえてきたのはアイドル7人の声だったと感じている。今となっては、確かめるべくもないのが残念だ。

 と言いつつ、想い出のパレードのBDには、この前説も収録されそうな気がしている。というのは、上述の通り、HOMEツアーとはコンセプトが違うと思われるからだ。映像にキャラクタみんなの存在が残ることにも、全く違和感がない。だから、もしそうなったならば、いやそうならなくとも、よければ想いを馳せてみてほしい。HOMEツアーを経て、7人は、3人は、そして大田さんたちは、あの時どこにいて、何を見ていたのかということを。

 

*1:モノとしては4公演の映像を混ぜて構成しているのか

*2:どちらも客入れのBGMまで含めて

*3:昼夜でも変わったか?

*4:大田さんが番良いと思った回答も、併せて変化していたということ

*5:アイドルユニット・Wake Up, Girls!のファン≠声優ユニット・Wake Up, Girls!のファンという前提で考えている。実際にどうかという話ではなく、次元が違う以上、そうならざるを得ない。